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   ぼやいて候

 

              ながのとしお

 

 

 何かが書きたい気はする。で、何かを書いて金が入ってきたら、そりゃあ都合がいい。とはいえ、どうせ書けっこないって気もする。書くのはメンドクサイからな。けど、ずいぶん長い間、ちょっとずつだけど書いてきて、すこしは書けるようになったじゃないか。だがまだ全然足らん。足らんのは分かってるんだが、やっぱり書きたい気持ちもある。金のこともあるが、それだけじゃないしな。金はむしろ後からついてくるもんだ。自分で納得いくものが書ければ金になるはずだし、それで金にならなきゃ時代が合ってなかったと諦めるさ。だから問題は何を書くかだ。

 いや違う。何を書くかは分かってるんだ。書くのはこの世界だ。この世界の全部を書くわけにはいかないから、この世界を切り刻んで、その切れ端で継ぎはぎ細工を作るんだ。それは分かってる。所詮いびつな継ぎはぎ細工。つまりそいつをどんな趣向で作るかだ。

 しかし、なんのために書くんだ? おれはこの世界なんて大して好きでもないのによ? 好きでもないものをなんでわざわざ? 書くのが好きなのか? いやあ、それだって大して好きじゃない。なにしろ書くのはメンドクサイもんな。おれはメンドクサイのは嫌いなんだ。だからいつまでたっても、このザマだ。

 大体おれは何にもしないのが好きなんだ。しかし本当に何もしないでいられるかというと、それはまた別の話だ。けどよ、やっぱり働くのはウンザリするな。時間に縛られるとか人の命令に従うとかは真っ平ゴメンてなもんだ。ゴメンですませられりゃあ有難いんだが、それがそうもいかない、乞食をやる覚悟もなけりゃ、サギ師で食ってく自信もないんだから、しゃんめぇ、適当に働くさ。

 大体こんなことをウダウダ書いてるんだから、素性が知れるってもんだ。まったくとんでもないゴクツブシだ。じぶんがゴクツブシなのが分かってるだけ少しはマシかもしれんが、それにしたってゴクツブシはゴクツブシだ。けどよ、大統領だって王様だってみんなゴクツブシって気もするじゃないか。そうさ、つまりおいらは最低の人間だ。清くも美しくもない。恨みつらみをタラタラ垂れ流しながら、意味もなく悦に入ってるだけの煮ても焼いても食えないイカレポンチだ。

 いや待て、それは違うな。というか、つまりそうだ。おれはおれが嫌いなんだ。そんなことをクダクダ書くのが目的じゃあないんだが、ある意味ではそいつが目的だ。何しろこいつは楽しい。書いてて楽しいんだからそれでいいじゃないか。ところがそうは問屋がおろさない。というのも楽しいだけじゃダメだっていうんだからな。楽しいだけじゃダメなんだが、それが分かった上でなら楽しくてもいいんだ。それにとにかく楽しいのはいい。年がら年中楽しかったらそれもおかしな話だが、たまには楽しくたっていいじゃないか。でも用心するに超したことはない。たしかに用心するに超したことはないんだが、それにももうウンザリだ。

 せっかく楽しい気分だったのに、もはやすっかりウンザリの状態で、気持がペシャンとしぼんじまった。人の気持なんてまったく当てにならないもんだからな。当てにならないと分かってるのに当てにして裏切られたとすれば、当てにしたほうが悪いのか。当てにならないとも知らずに当てにしたならば、当てにしたやつはただの愚か者ということか。少なくともおれは愚か者だ。自分でふくらませた気持を自分でしぼませて、一体おれは楽しんでるのか、苦しんでるのか、哀れみがほしいのか。自分で自分の気持も分からん。分からんのだからいい気なもんだ。いい気でいられりゃそれもいいじゃないか。人の目なんか気にせず、いい気でいられりゃ最高ってなもんだ。そりゃあ本当にいい気でいたいんだ。けど、ここでこんなヘリクツこねてるからそうそういい気でもいられない。そんなだからおれはダメな人間ってことになるのか。そうだ、おれはやっぱりダメなやつだ。ダメなものはダメなんだ。ダメでもともとともいうがな。いや違う、どっちかといえば、もともとダメなんだ。しかしダメって言葉はどうにもヤな言葉だ。なんとも陰惨な雰囲気が漂う響きぢゃないか。

 それはそれとしてどうせなら明るく生きたいという気もする。この世界の悲惨なことはもうよく分かってるしな。それをほじくり返してお先真暗な気分になるのはもうたくさんなんだ。だけど、ついやっちまってるのか?

こいつもそうなのか? 治りかけたかさぶたをつい剥がしちまってるってことなのか?

 それもしかたないか。そいつにフタをして、はい、おしまいってわけにもいかんしな。一旦開けたパンドラの箱だ。笑い飛ばして生きてく以外やりようがないじゃないか。ああ、そうだ、別にそれでかまわんだろう。そいつがあることは分かってるし、そいつを笑い飛ばす術も少しは覚えた。でもって、パンドラばかりじゃないことも分かってる。中には玉手箱だってあるってことだ。つまりこの世界は真暗闇じゃあない。光のかけらもあちこちに散らばってる。問題はそのかけらをどうやってつなぎあわせてゆくかだろう。

 けどそんなこと本当におまえにできるのか?いや、できるかどうかは問題じゃない。できるかどうかなんて金といっしょで後からついてくることだからな。金のために働いてるとかいってるやつらも多いけど、それだって本当は違うだろう。できるかできないかは置いといて、光のかけらをつなぎ合わせてゆくんだ。本当はみんなそれをやってるはずだ。金のために働いてるなんてウソに決まってる。

 いや、しかし違うな。つなぎ合わせるのはまだ先の話だ。それがあるのは分かってる。だがまだ手持ちがぜんぜん足らんじゃないか。まずはもう少し集めてからだろう。もう少し手持ちが増えてくりゃあ、おのずとつながり方も見えてくるってもんだ。

 おまえ、うぬぼれてんな。分かった気になってやがる。ロクな手札もないうちから、捕らぬタヌキで、簡単そうに話をしてるじゃないか。いやいや、簡単だなんておもってるわけじゃないさ。いや、思ってるな。思ってないと思ってる、その思い方が思ってる証拠だ。全くどうしようもないうぬぼれだ。手の打ちようもない。打ちようもないだけに、まずはそのうぬぼれを打ち砕いてやらんとな。問題はどうやって打ち砕くかだ。これだけ凝り固まったうぬぼれは、そんじょそこらじゃ打ち砕きようもないからな。

 ふー、こいつはまいった。とにかく少し時間がいる。頭を空っぽにする時間だ。頭ん中、ガラクダでいっぱいだからな。ずいぶんと片してきたつもりなんだが、それでもまだまだガラクタだらけだ。ガラクタがつまってるといっても、それがガラクタだと分かってりゃぁいいようなもんだが、その分かってるってのが頭で分かってるだけじゃ、やっぱり都合が悪い。だからまずそいつらを無心にガラクタとして見るんだ。ガラクタと見た上で、手放せるガラクタは手放すし、手放せないガラクタはとりあえず放っとくんだな。いや、もちろん全てのガラクタが手放せるに決まってる。そりゃあ決まってるんだが、とにかく今は手放しようのないガラクタがまだいっぱいあるってことだ。一気に全部は危ないからな。むろん、一気に全部やっちまえばせいせいするに決まってる。だが、そいつはやっぱり危ない。危ない橋を渡らにゃならんときもあるが、今はそこまでしなくていいだろう。

 ふん、今はしなくていいときたか。そんな言い訳が出るってことは、やっぱりそいつが恐いってワケだ。まあ、恐くたっていい。とにかくシンドイんだからな。シンドイのを乗り越えてこそってのもあるが、シンドすぎたら潰れちまう。潰れちまったらしかたねぇからな。

 なんだかちょっとくたびれたな。だから少し休む時間がほしいんだ。自分のこともこの世界のこともあんまり好きじゃないもんだから足元がグラグラしてるんだ。だいぶ好きにもなった気が、というか、まあまあ許せるようにもなった気がするが、まだまだ足らん。足らんからグラグラで、グラグラしてるからまっすぐ歩くのだって一苦労ってありさまだ。ここらで少し休んで一息つけば、もう少しきちんと歩けるかもしれんだろう。

 かもしれん、かもしれんで、そんなの本当はわかりゃしない。分かりゃしないが休んだっていいじゃないか。だいたい蟻がキリギリスのことをとやかく言うのはどんなもんかね? その代わりキリギリスだって蟻のことを言うのはなしだ。互いに相手のあり方をソンチョーしたいってなもんだ。ホントは別にしたくもないがよ。猫がネズミを狩るからっていってネズミがネズ権のソンチョーを言うか? ネズミを狩るネコ権とどうやって両立するつもりだ? こんなつまらん弱肉強食の話がしたいわけじゃあねえんだが、弱肉強食も、まあ、ひとつの事実としてはある。だからといって、それを自分に当てはめたとき気持がいいかどうかはまた別の話だ。おまけにその自分の気持が分からんときてる。

 自分の気持がねぇ、きみ、ホント分からんのだよ。分かった気になるときもあるが、どうにも分からんときがままある。まあ、そんなもん、しょせん誰も大して分かっちゃおらんのだろうが、時にそいつがなんともつらくて、どうしたらいいのかまったく途方に暮れちまうってわけだ。頭がキンキンしてきて、眠たい感じがあるにも関わらず、とても眠れる状態じゃあなくて、何かする必要があるわけでもないのに、何かをしないと落ち着かないような気になってくる、かといって何をしたいという気持があるわけでもなく、あっちをうろうろこっちをうろうろして、それで気分が落ち着けばありがたいが、どうにもやっぱり落ち着かず、しまいには何かをぶちこわしたい気にもなってくるが、本気でぶちこわすふんぎりもつかず、八方ふさがりで何をどうすればいいやらさっっぱりわからなくなっちまって、頭の中はすっかり真っ白な状態で……。

 

 おーい、タヌ兵衛ェー。

 どこからともなくペーニョの声が響いてくる。

 お前もいい歳して、相変わらずグダグダ悩んどるなぁー。けど、お前のグダグダがおれは好きだぞぉー。若いときから二人してグダグダ悩んできたもんなぁー。おれはお前よりはもうちっと脳天気だから、ここんとこグダグダ考えることもあんまりなくなったけどよぉ、お前のグダグダを聞いてるとおれっちのグダグダ魂が刺激されるぜぇー。おれらは一生こうしてグダグダやってんだろうなぁー。それもまたおつなもんだよなぁー……。

 ペーニョの声のとぼけた響きがおれの心のピリピリを幾分やわらげて、袋小路の堂々巡りが不思議にすっと薄れていった。そしておれの右目から涙が流れ出て、苦さにあふれた小さな光を闇の中に放った。

 

      [二〇〇四年七月 とうきょう・えどがわ]


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